「本」が教えてくれた
お金のこと。

ブックディレクターとして活躍する幅允孝さん。講義名は「お金のことを考えるための本」ということだったが、話は幅さんがなぜこの仕事に就いたのかというところから始まった。

「僕の仕事は商業施設やホテル、病院など、さまざまな施設の本棚をプロデュースすることです。ブックディレクターと名乗ってはいますが、本そのものを作っているのではなくて、世の中にすでにある本を、その場その場のコンセプトに合わせてセレクトするというものです。」

大学卒業後、東京の青山ブックセンターに就職し書店員として働いた。が、2000年ごろのAmazonの日本上陸などにより、本屋へ足を運ぶ人が徐々に減少。東京でも閉店に追い込まれる書店が目立つようになった。身の振り方を考えていたとき、六本木ヒルズに出店が決まっていたTSUTAYA TOKYO ROPPONGIのプロデュースに携わることになった。
「本屋に行く人なんてほとんどいないという状況での本屋作りですから、試行錯誤の連続でした。でもね、みんなに読んでほしいと思う本はたくさんあるわけです。そこで思いついたのが、「人が本屋に行かないのであれば、人が集まるところに自分が面白いと思う本を持って行けばいい」ということでした。」

TSUTAYA TOKYO ROPPONGIに来る人はどんな本に興味があるのだろう? 幅さんは関係者にインタビューを重ね、そこから浮かび上がった「トラベル」「フード」「デザイン」「アート」のテーマに徹して本をセレクト。それまでにないセレクト系ブックストアは話題となり、店は大盛況だった。
「その後独立したのですが、最初の頃は、こういう仕事にお金を払ってくれる人はいるのかな?と、自分でも思っていました(笑)。それに仕事の見積もりを出してくれと言われても、どれくらいにしたらいいのかわからないんですよね、それまでに世の中になかった職業なので。でも、前例のない仕事だからこそ、その価値、価格というのは自由に設定できる。つまり自分の仕事によって新しい市場が生み出されたということです。こういう働き方はこの先もっと増えてくるんじゃないかと思っています。
さて、もしみなさんが自分の仕事に自分で値段をつけられるとしたら、どんな風に考えますか? 実は自分で自分の価値を決めるというのはなかなか難しいことなんですよね。そこで、僕がこれまで一貫して決めているルールは、『気持ちのいいお金のやり取りをしよう』ということです。双方が納得して、気持ちよく仕事ができる金額ってどれくらいだろう? その案件の仕事量はもちろん、相手の状況もありますよね。だから定価というものは設定せずに、ケースバイケースで考えるようにしています。」
もうひとつ、本からお金について教えてもらったことがある。それは兵庫県の温泉郷・城崎温泉での「本と温泉」プロジェクト。観光客減少に喘いでいた城崎温泉を「本」の力で活気付けようというものだ。
「城崎温泉は志賀直哉の『城の崎にて』に代表されるように、多くの文豪に愛された温泉街です。その歴史や魅力をもう一度文学の力を借りて発信しようということで、作家さんを招待して小説を書いてもらったんです。しかもそれらを買えるのは城崎温泉のみ。通販全盛の時代に逆行する考え方ですが、それが反響を呼んで、本を買うために足を運んでくれる人も増えました。本にはやっぱり力があるし、何を誰にどう届けたいのかをきちんと考えれば売れる。それを確信させてくれたプロジェクトでした。仕事上のお金のやりとりも、モノを買ったり売ったりすることも、結局最後は「人」が決め手だと思うんです。人間同士のコミュニケーションの中で、モノやお金の価値は決まっていくんじゃないでしょうか」

お金のこと考えるための、
ビジネス本じゃない本

『Tools of Disobedience』 (Melanie Veuillet著)
スイスの刑務所に収監された囚人たちが、こっそり作っていた道具(脱走に使う鍵や武器、水タバコなど)をカタログ風に収録した写真集。極限状態の中にあっても1ミリでも現状をよくしようという人間の根源が垣間見えて、お金を超えた人間の欲求について考えさせられます。

『ゼロからトースターを作ってみた結果』(Thomas Thwaites 著、村井 理子 (翻訳))
イギリスの大学院生が原料調達から組み立てまで、全くの“自力”でトースターを作った経験談をまとめた本。世界中で安く売られているトースターを消費社会の象徴として捉え、その裏側を暴くドキュメンタリーなのですが、とにかく著者の地道な活動が面白くて、楽しみながら消費活動やお金のことを考えられます。

『サピエンス 全史文明の構造と人類の幸福(上・下)』(ユヴェル・ノア・ハラリ著)
ホモ・サピエンスがどのようにして文明を作り、その頂点に立つことができたのかを紐解く歴史書。お金や国家など、目に見えないものを集団で信じる力を人間がいかにして獲得できたのかがよくわかります。

『夢の猫本屋ができるまで Cat's Meow Books』 (井上 理津子・安村 力也著)
猫が「店員」として駐在している猫専門書店ができるまでを紹介したノンフィクション。会社勤めをしながら本屋を開業した店主が開業に到るまでの経緯や資金繰り、収支などを公開していて、パラレルキャリアやソーシャルビジネスなど、これからの働き方について考えるためのヒントが満載です。

『エンデの遺言』(河邑 厚徳著)
世界的に有名な児童文学『モモ』の著者がお金の本質と経済のあり方について語る本です。思想家のセルビオ・ゲゼルが提唱した「老化するお金」という考え方や、ヨーロッパで実際に使われた地域通貨についてなど、これまでのお金に対する常識を打ち破るヒントが詰まっています。
講師プロフィール
幅 允孝(はば よしたか)
ブックディレクター。1976年愛知県生まれ。BACH代表。原宿と羽田空港にある「Tokyo's Tokyo」や二子玉川「フォーティーファイブ・アール」などショップでの選書や、千里リハビリテーション病院のライブラリー制作など幅広く活動。著作に『幅書店の88冊』
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